榎槻織の雑記

人間です。

はちがつのにっき

 

 


もう何年も見ていない。

 


バスから見える入道雲を醜いほどに綺麗だと思った。あれはいつだったか。もうわからない。

 


夏は随分賑やかだ。でも私の気分はずっと晴れないでいた。その理由もわからない。

クラスの人にいじめられているわけでも、家で罵声を浴びるわけでもない。

携帯だって使えるし、それなりに友人もいるし、手料理ではなくとも食には一切困らない。

 


いつも脳のどこかに、莫大で霞んだ恐怖が存在している。例えるなら雲のような。

あの時見た入道雲みたいにはっきりしたものではなくて、秋の初めにのろのろと空を渡る雲。

あれが嫌、これが嫌、と言う確固たる恐怖を感じることは至って平凡な幸せだ。

私がいつも感じている恐怖は、線のない絵画みたいに緩やかで霞んでいる。

仮にも恐怖なのだから、怯えているわけだが、その恐怖の中で、まるで真夏の台風の目のように、私は安らいでいる。

 

 

いつか、この、恐怖も、晴れるだろうか。

白黒のドミノ

何も要らないから、あげるよ全部。
もうあの病棟には戻りたくない。

 

 

随分前から、くだらない事にすがり出した気がします。一人でくだらない話をして、くだらない本を読む。ぼんやりとした意識のまま、また日が変わる。何してんだって、真面目に生きろって、思うでしょう? 必要なんです、私には、くだらない事が。

 

 

神様なんて、象徴なんです、たぶん。
神様って言葉がないと保てなかった、私の様な白痴が、祈ったんです。で、偶然、本当に偶然、それが実現したから、それを神様にしたんです。
だから神様にタメ口でもいいし、好きな物を神様にできます。象徴だから。
なら、私の神様はくだらない話。

 

 

家にある物も、身体も、何も要らないので、
あげられるなら、これを見てるあなたに全部あげたい。

 

 

病棟は暗かった。電気はついてた。煌々と。白い光と白い壁の箱の中で、飼われてた。
何もなかった。毎日決まった時間に食事と風呂があるだけ。箱の中にも何もなかった。白いベッドと、重い鉄格子の付いた窓と、便器だけ。
それを懐かしいと思って泣いた。

 

 

病棟に居た時はずっと本を読んでいた。くだらない話の本。担当医が親切なお方だったから、一週間に一度、本を一冊持ってきてくださった。


もちろん診察で話すこともあったし、いろんな場面でお世話になったけど、結局、本を持ってきてくれる時の笑顔の印象が強い。
ほんと、笑ってるか笑ってないか分からないくらいの笑顔。それを見ると死にたくなった。

 

 

小動物を殺してみたいって思うんです。それでも私はそれをしない。決して。

 

 

私と話してください。いや、自由に話しかけてください。それで私は上手に息をできると思うから。


でも結局この投稿のコメント欄にささやかなコメントが添えられることはないでしょう。
あの日から誕生日にメッセージカードを渡されなくなったように。

 

 

身長が伸びて、体重が増えました。これは成長なんですか?身体だけ世界の中で滲むように広がれば、それを成長と呼ぶのですか?
私の心は何も成長していない。それを日々感じて安心してる。まだ子供だと言うことに酷く安心してる。

 

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
謝りたいんです。可能なら、今まで話したことのある人間全てに謝りたい。

 

 

ずっと思ってる。私を病棟に放り込んだ彼女は、私の世話するよりおもちゃで遊んでいたかっただけだって。
光の薄いホテルのベッドで、見るだけで吐き気を催すおもちゃと遊びたかっただけでしょう?

 

 

早く冬になればいいのに。
大体の人は、時間が早く流れることを嫌う。それは、今がそれなりに充実している証拠。
時間が早く流れて、早く冬になったら、きっと私も幸せになれる。それを信じてるから、くだらない事で時間を待ってる。

 

 

チープなスニーカーは汚れた。メモはゴミ箱に、バッグは底に穴が空いた。
それを見渡して、パウンドケーキを食べて、トランプをして、陳腐な文章を書いて、嘘をつく。
そんなくだらない事が私には必要なんです。

 

 

ごめんなさい。ごめんなさい。

 

どうしてこんなに死ぬのが安易でなくなってしまったんでしょうか。

 

 

いつからか、動物の特番で笑えなくなりました。かわいいとも思わないし、笑えもしない。

 

 

もう、あの白い病棟の方が環境としてマシだったのでは?とまで思えてきた。

夜は泣き声や叫び声が聴こえるし、不潔な男ばっかり。酷くつまらない場所だったけれど、それは私にとっての最高だったかもしれない。

 

 

生きたい。

 

普通に生きたいです、普通に。

 

 

ろくがつのにっき

 

今日は6月のわりに天気が良い。

雲の動きも遅く、なんだか夏を感じる。気温も上昇しているし、本当に夏に近づいているんだな。

 

6月の、いや、梅雨の、あの美しさを、今年はほとんど見れなかった気がする。謎の毒親には「5月は美しい」と書かれていた。確かに5月は何もない、何もないからこその美しさがあるように思う。

でも、私は6月が好きだ。雨が降るからこそ吸える空気の香りも、雨の溜まったアスファルトを車が通る音も、バスの窓を撫でる雨粒も、店に入る度に傘を閉じなきゃいけないあの面倒も。

 

紫陽花も美しい。薄桃色、藤色、水色。ひとつの群れとなった花々の中で、見事なグラデーションを奏でており、様々な色が、梅雨の薄暗い街で、それはまるで深海に住むクラゲみたいに、輝いているのだ。その美しさと言ったら、どんな鮮やかな花にも引けを取らない。

 

来年はどうだろうか。このまま気温が上昇し続けたら、もう梅雨と言う存在は消えてなくなってしまうのかもしれない。そう思うと、今までの梅雨が惜しく感じる。私が愛するものはいつもなくなってしまっているような気がする。この現象が地獄なら、その果てと終わりはいつ現れるのだろうか。

ヘッドライト

天気予報では雨だった。

彼は閉じられた傘を片手に持ち、階段を降りる。そして彼はこめかみをかいた。

 

 

鮮やかな透明の湖で溺れてみたい。そう願ってしまうのはきっと、君のせいだろう。

 

 

「もういい」

「あなたはもうすぐ死ぬのだから」

「ああ、そうだ、死ぬんだ、おれは」

「そう、あなたは死ぬ」

「死ぬ、ああ、そうか、そうだな、死ぬ」

「死ぬのよ、消えるのよ、悲しい?」

「ああ、ああ、ああ」

 

 

人のいない公園で、揺れたブランコ。

そして男の子は、スコップを貸してと言った。

 

 

「ずっと思ってた。

何故死ぬのには理由が必要なのかなって。

産まれてくること、生きることに理由は要されないのに、どうして死ぬときには理由が要されてしまうのかしら。」

 

 

私の求めているものは、いつも手に入らない。これが地獄だとしたら?

 

 

白い陶器の皿を割ってた、君を見てる。

罪悪感はもうとっくに失ってしまった。

 

 

「助けて、お願い、ねえ、助けて」

 

 

柵、花壇、犬

 

 

ネオンライトが光る、雪が降ってる交差点で、赤い血を流す人を見たんだ。

 

 

大宰治の人間失格にも書いてあったじゃないか、「世間というのは君じゃないか」、と。

いつまで“自分だけが違う”ふりをするんだ?

結局君も世間だし、私だって世間でしかない。

 

 

 

バレエやピアノを習ってみたかったと思うことがよくあります。私が育った家はそんな贅沢なことは一切させて貰えなかったし、学校で必要だったものすら用意して貰えなかった。

 

ふとした時、綺麗に踊るバレエダンサーを観たり、さも当たり前かのようにピアノを弾く人を観ると、素直をすごいと思うと同時に酷く羨ましいと思います。

これは紛れもない劣等感。

 

どう考えても私は無能で、その無能を無償の愛で愛してくれる人もいない。

だから私はせめて何らかの才能を持って代償の愛でいいから愛してもらいたいと思った。

 

でもそれすらできない私はもう、救われたいとは思わないし、それを与えることのできない人間に謝られたとしても見て見ぬふりをし続けるだろう。

 

 

 

 

少女

お題「プロポーズ」

 

 

花束と聴いて、どんな情景を想像するか。

 

その想像の世界は自由だが、ひとつ、規則性があるように思う。

それは、どの想像の世界も幸福がつきものだと言うこと。

 

誕生日に恋人から花束をもらった記憶だとか、花屋で初めて買ったのがバラの花束だったと言う記憶だとか、リボンと薄ピンクのペーパーで包まれた白いユリの花束とか、温かな色の花弁の、小さな花束とか。

 

多くの人が想像する花束はそういった類いじゃないかと私は思う。

でもそんな安寧で幸福な想像の世界は、現実ごくわずかなわけで。

 

交通事故現場に添えられた菊の花束、投げ捨てられた鈴蘭の花束、血液で赤く染まった白バラの花束、朽ち果てた色のない花束。

 

私にできる想像は冷たい。今にも雨が降ってきそうな、その雨でまた、花々を濡らしてしまいそうな、寒く悲しい想像しかできないのだ。

 

 

花々に心があるとすればどうだろうか。前者の、幸福を伴う想像の方が、幸せなのだろう。

 

 

温かいミルクティーによく合うような、幸せな花束を抱えた綺麗な目の少女のために。

 

その少女は、男をまっすぐ見つめて「はい」って言った。頬は桃の花みたいな薄く淡いピンクに染まってた。

 

花束を大切そうに持ちながら、男と手を繋いで歩き始めた。その横顔は花々によく似て幸福に満ちてた。

 

愛能うように。祈るように。

 

ミルクティーに角砂糖を溶かすように。

 

 

ゾルピデム

 

ゾルピデム

 

 

小さな錠剤と水を口に含み上手に飲み込む。そして私は横になった。5分ほどは何もない。ただひたすらゆっくりとした時間の流れを感じるだけだ。横になってから約5分後、私の身体中に丁寧に敷き詰められた血管がどくどくと蠢き始める。血液の流れを鮮明に汲み取り、皮膚が微かに痙攣する。それからまた5分後、軽い目眩と口内の違和感が襲う。だが、ここまで来るともう私の意識は薄れ始めている。人差し指を上に上げようとしても、寝返りを打とうとしても、思い通りに身体を動かすことができない。ようやく。部屋に流れる静かなクラシックの音色が、大から小へまるでグラデーションみたいに消えていく。落ちていく瞼を必死で開けようとする。そこは暗闇の、クラシックが流れる部屋ではなく、真っ白な世界へと変わっていた。その刹那、瞼が耐えきれなかったと言うように落ち、私の身体は機能を停止した。

 

 

 

カラスみたい

お題「コーヒー」

 

 

共有する。融合する。ひとつになる。

 

ドリップコーヒーもインスタントコーヒーも一滴であるうちは薄い色をしているのに、それが集まり続けて黒くなる。物理的にひとつになるというのはそういうことなのかもしれない。随分前にあなたが言ったことがようやくわかったような、まだわからないようなそんな感覚に溺れながら、黒い、コーヒーを飲む。